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諏訪丸光が更生法申請」(2004年06月30日 22時29分)
  今日はエントリーが多いなー。
諏訪丸光が更生法申請(信濃毎日新聞)
ががーん!諏訪丸光も逝っちまうのかー(地方限定ネタですんません)。
一時は長野丸光、諏訪丸光、伊那丸光(茅野丸光は記憶無いです)と、長野県では隆盛を誇っていたデパートでした。僕も、家族でで食べた諏訪丸光の大食堂のお子様ランチ、なんかリッチな気分になった気分がしたものです。デパートに行くってだけで妙に着飾っちゃったりして(笑)。
1964年に上諏訪駅前の旅館街だったところを再開発し始め、1965年6月にオープンした百貨店でした。
何故僕がそこまで熱く語るのかというと、僕も1965年6月生まれだからです。先ほどオフクロに電話して確認しました。もちろん諏訪丸光のオープンの時期のほうですけど(笑)。

高校の頃、当時つきあってたオネーチャンと待ち合わせたりとか、数年前長野に帰ってきてからつきあってたオネーチャンと一緒に総菜を買い物したあとXXXなことしたりとか、いろんな思い出がある建物ですので(ってオネーチャンとの思い出しか無いのかい>自分)、丸光という会社は無くなっても、建物だけは是非残してもらいたいです。今週末も諏訪に帰るので、想い出を記録する為に写真を撮りまくってきます。
思い出のものが消えるって寂しいですね。

# 伊那丸光と茅野丸光のその後は知らないのですが(無くなった事は事実なのですが)、
# 長野丸光はその後「長野そごう」になり、「そごう」の消滅とともに数年前に消えました。
# 長野丸光(長野そごう)の跡地は、僕が行っているの会社の親会社(某地方テレビ局)の
# 局舎になるようですが、一体どうなりますことやら...とほほ。
# 地上波デジタル放送への対応の遅れが、社員の給料で埋め合わせされるようですね。
# 僕の行っている会社のデータセンタービル建築も同じ状況です(苦笑)。
# 世の中の流れより一歩後ろを歩む、それが某グループの信念なのでしょう。アフォか。
茅野の舘ひろしさんのコメント (2004年07月10日 08時04分)
伊那店、茅野店は、とっくに撤退しました。上諏訪駅前の丸光は、ご指摘のごとく希望の無いまったく覇気の無い死んだ店でしたが、幸いな事に。自己破産のつもりで影で動いた旧経営者に壮絶な戦い打ち勝ち、今日もシャッターを開けられる店でいます。従業一同地域のお
客さまの暖かい励ましの一言に、目を真っ赤にしながら歯を食いしばって、少ない人手で励ましあいながら頑張っています。私も電池が切れるまで全力以上ガンバリ。毎日影でそっと支えてくれている家族のために。

さーぁ、今日もいい天気
茅野の舘ひろしさんのコメント (2004年07月10日 08時31分)
あぁ、恥ずかしい。メールてものを打つのは、これが2回目とゆうまったくの初心者です。
最近帰宅が深夜だっつたので楽しみの冬ソナも見られないため500円で分かるワード教室見ながら、まだ片手打ちの状態です。

誤字、脱字いっはいあります。ゴメンナサイ
でも気持だけお伝えしたくて....................

こまりねこさんのコメント (2004年07月10日 12時56分)
茅野の舘ひろしさん、大丈夫ですよ。お気持ちはよーくわかりました。
猛暑の折、くれぐれもお体にはお気をつけ下さい。

僕にとって故郷の諏訪地方は、とっても大切なところなのです。
変に都会かぶれしている長野市は住みづらいです。
長野県北部ってどうしてこんなに閉鎖的なんだろう?って思う事もしばしば。

今週末は投票に行かなきゃ行けないので、来週末(待望の3連休!)は諏訪に帰ります。