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- 「実家帰還計画発動!」(2004年03月22日 20時29分)
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幸いにして、長野市では雪が降りませんでした。もっとも、実家がある諏訪は大雪だそうです。
実家に帰るべく、就職活動を開始致しました。諏訪市はちっちゃいので仕事は少ないですが、諏訪から通勤圏内にある塩尻や松本まで範囲を広げると、結構仕事がありそうです。
さーてどうなりますか。夏頃までには結論を出したいです。
長野ってきくと、かなりの方が「あー、あのオリンピックの」とか「新幹線が云々..」とか思い浮かべると思うのですが、僕の実家がある諏訪では全然盛り上がっていませんでした。新幹線の恩恵なんて全然ありませんし。
現在、長野県内では、慣例上「北信、東信、中信、南信」という区分けがされています。北側にある白馬が「中信」だったりとか変な区分けですが、歴史上の経緯があるようです。
もともと廃藩置県直後は、中野や長野を中心とする「長野県」と、松本を中心とする「筑摩県」という別々の県でした。現在の北信地区が長野県、その他が筑摩県でした。その後統一されることになるのですが、その際県庁が旧長野県側に置かれる事になりました。何もあんな北の端っこに置かなくても...。
そのかわり、日銀長野支店と空港は松本にあります。こんな県も珍しいらしいですね。
長野行き新幹線ができるまでは、松本の方が東京に早く行けたしね。
かなり簡略化してしまいましたが、こうして、長野県北部と県内他地域のいがみ合いが始まったと聴いています。
北信の人間って、なんか偉そうにしてるから、なんか嫌。
未だに「長野オリンピック記念.・・・」なんていうイベントやってるんですよ。バカバカしい。
僕が今在籍している会社だって、「県内随一の...」なんて偉そうに行っている割には、中南信には全然進出できてないし、知名度ないし。
御柱祭だって、北信じゃ話題にもならないし。県外の人のほうが詳しいんですよ。
木曽郡山口村が岐阜県中津川市に合併する事が決まりました。北信の人間は「何故?」と思っているらしいのですが、そういう意識がある限り避けられない事態だったでしょう。だって、山口村から長野県庁に行くのに4時間以上かかるんですよ。道も整備されてないし。
いろいろあって合併をしようという雰囲気が盛り上がってますが、逆に「分県」ってのも良いかも知れません。より地域に密着した行政サービスをするためにも。同じ長野県といっても、北側と南側じゃ言葉も考え方も全然違うしね。
というわけで、南信出身(諏訪が南ってのも変な話ですが)の僕が長野市で暮らすのは、非常につらいんです。長野県は閉鎖的だってよくききますけど、北部は特にひどいです。